


8100形
阿武隈急行線 交流型電動客車
私鉄初の交流旅客電車の軌跡
1988 - 2026
38th Anniversary

8100形
阿武隈急行線
阿武隈急行線全線電化開業時から活躍する阿武隈急行の自社発注車両。日本車輌が製造を担当した。導入当初から最近まで阿武隈急行線の県外や他地方からの知名度は低くあまり注目されて来なかった。しかし、ここ数年で8100形の置き換えが進み2026年7月現在2編成が残存するのみとなり、県内外から多くの注目を浴びている。
このベージでは車両データの制作を行っている月城が8100形について主観も交えて紹介してゆく。高度経済成長期に生まれ地域の足として38年歩んできた足跡を見てゆこう。

「系?」「形?」どっち
初めに、当形式は8100形が正しい表記である。
鉄道車両の形式の呼び方には様々なものがあり、国鉄・JR系列の電車には「系(ケイ)」が用いられることがおおく、私鉄系の会社は「形(ガタ・ケイ)」など多くのパターンが存在する。
当形式、8100形はよく8100「系」と記載されることが多いが、これは間違いである。鉄道ジャーナル1988年3月号などの落成当初の雑誌などでは「形」と記載されている。しかし、登場から9年後に刊行された鉄道ピクトリアル1997年4月増刊号などでは「系」と記載されている。このようになってしまった原因はおそらく「形」と書いて「ケイ」と発音する当形式は東北地方では珍しい存在であるうえ、JR東日本の車両は「系」と書き「ケイ」と発音するためそれらが曖昧になってしまい、8100「系」と記載されることが多くなったと考えられる。
このページを制作した理由の9割はこれ。みんな8100形って書こう。

8100形の特長
高度経済成長期に生まれた交流電車

前面形状
国鉄713系をベースとして設計された当形式。しかし713系とは全く違う前面形状を持ちその顔は唯一無二である。懐かしさも感じながらも古臭さを感じず先鋭的なデザインは現代でもなお大きな存在感を放っている。
車体は拡幅構造であるため前面形状は非常に複雑な構造をしており、裾絞りと全面下部は車体中央の方向へまとめられている。このような構造的特徴を持つ電車は非常に珍しいのではないのだろうか。また前面形状は同時期に日本車輌から登場した遠州鉄道1000形と似ている部分もあり、流線型のデザインが主体であった時代に平面主体のデザインを採用したのも奇抜な点であると言えるだろう。
前面の形状として営団01系が上げられる。同時期の製造無こともあり、なにか関係があるのかもしれない。

唯一無二の
ドア配置
設計段階からワンマン運転を想定していた当形式では後ろ乗り、前降りをスムーズに行えるように特殊なドア配置となった。20m車体に2つのドアを備え進行方向運転席後ろ側のドアは降車時に運賃精算などをスムーズに行えるように、運転席すぐ後ろに横幅1mの1枚扉を備える。連結部は乗車しやすいように横幅1.3mの2枚扉を備える。このように前後でドアの枚数及び横幅が異なる形式は非常に珍しいのではないのだろうか。筆者が把握している現役の鉄道車両では唯一の仕様であると思われる。
このドア配置はワンマン運転時にはスムーズな乗降に貢献しているものの、仙台直通運用などでは2ドア配置のため乗降に時間を要し車両中央部からの下車が困難なことから、夜の仙台発の列車は非常に混雑しており8100形の仙台直通運用が早々に消えた理由ともなっている。

T字型 貫通路
現在の電車では見ることが出来ない大型かつ扉のない貫通路。これはワンマン運転を見据えた当形式の大きな特徴である。
ワンマン運転は無人駅では先頭車両の一番前のドアから下車しなければならない。そのため車両間の移動は通常の列車よりも行われることが多く、扉があると先頭車両までの移動や乗車時の後方車両への移動が面倒になってしまう。また、運転士がミラーで降車客がいるかどうか確認する際にも連結部に扉があると視認性が悪く見落とす危険性があるが、当形式は連結部に扉がないため視認性に優れており見落とす危険性が低くなっている。
ワンマン運転を見据えた電車でなくとも仙台市地下鉄1000系(1000N系では通常の貫通路の仕様に改造されているが面影を見ることができる)や遠州鉄道1000形などの高度経済成長期世代の電車ではこのような貫通路を見ることができる。

運転台
国鉄近郊電車の運転台をコンパクトにしたようなデザインの運転台であり国鉄車両同様灰緑色となっている。東北地方では絶滅寸前の電磁直通ブレーキを搭載し、主幹制御器とブレーキ弁がそれぞれ独立している様子を見ることができる。現在では見かけない放送用及び連絡用の受話器も健在である。また阿武隈急行では山脈を貫くような線形をしているため、デジタル無線の整備費用の面からデジタル無線を使用していない。設置されているデジタル無線は東北本線内でのみ使用される。そのため各有人駅に設置してある鉄道電話が現在も現役で使用されており、他列車の遅れや天候による運転規制などの連絡は鉄道電話を通じて行われる。
このような運転台でありながらワンマン運転に対応しているため運転台からドアの開閉が可能であり、過去に使用していたワンマン放送装置があり国鉄車両の運転台でありながらも比較的近代的な設備も兼ね備える。
なお計器類が並んでいる部分は黒板のように湾曲しており恐らく視認性の向上を目的としたものであると考えられる。

台車・制御・制動装置
台車は付随車両であるAT8100形はND707T、電動車両であるAM8100形はND707となっており当形式にのみ使用されている。外見は電車の台車よりも気動車であるキハ185系に搭載されているDT55に似ている。
どちらの台車も両抱式踏面ブレーキであり、鋳鉄製制輪子(恐らく特殊鋳鉄)を搭載していることから非常に強力な制動を得ることができる。なお、回生・発電ブレーキは搭載されておらずすべての速度域において、空気による摩擦ブレーキにより制動を得ている。(余談だがBVEにて車両データを制作したときに一番苦戦した箇所である)
制御装置にはサイリスタ位相制御を使用しており当時主流であった抵抗制御では進段時に前後の揺れが生じ、加速度が変動するため短編成では粘着係数の兼ね合いから高加速度にすることができなかった。しかしサイリスタ位相制御ではサイリスタによって電流を制御するため滑らかな加速を実現でき、加速度の変動がほぼないため2両編成でも高加速度を実現している。(8100形の起動加速度の公称値は2.1km/h/sだが、筆者の実測では2.5km/h/s程度であった)
なお当形式の深刻な老朽化のため新車導入を2019年に前倒しされた大きな要因はサイリスタ位相制御が深く関係しており、同じ制御方式である719系の廃車が進行していたことと交換部品の確保が困難になったためである。この制御方式を使用している車両は非常に少なく東北地方では、JR東日本719系程度であった。

阿武隈急行
8100形
阿武隈急行8100形。
この電車はただ単なる国鉄車両のコピーではない。
近年世界的に共通化・合理化が進み鉄道車両も例外ではない。デザインは個性的だが走行機器は同じものであったり、路線の個性や実態を軽視し共通化・合理化を一番に考えられた車両が増えてきているように感じる。今後このような個性あふれる鉄道車両は現れないのだろうか。
8100形は2025年12月現在、営業運転からは退き臨時列車としての余生を過ごしている。
地域の足として駆け抜けてきた37年、当形式が駆け抜け来た時代は移り変わろうとしている。
ここまでこの文章を読んでくれた方、ありがとうございました。このページはすべて月城が書いています。

歴史 History
阿武隈急行8100形の軌跡
1987.12
8100形 A-1編成 落成
同形式の第一編成である、A-1編成が落成。
1988.7
阿武隈急行線 全線電化開業
阿武隈急行線槻木ー福島間が全線交流電化され開業。当時としては初の交流電化の私鉄であり、8100形も私鉄唯一の交流電車であった。
この日から8100形は9編成18両が運行開始し、1922年の鉄道建設法で同路線が制定されてから66年後の出来事であった。
2005.12
ワンマン運転本格化
旅客数の減少に伴いワンマン運転が本格化。それに伴い全編成ドアボタンを設置する改造が実施されドア扱いは半自動のみに。
2013.11
行先表示機更新
A-3編成から行先表示機が全面、側面共に3色LEDの物へ交換されのちに全編成がLED式の行先表示機に更新。A-5編成は側面表示機が日本語、英語(すべて大文字)交互表示という仕様であり同形式では唯一の仕様であった。
2018.7
AB900系発表
8100形の老朽化が想定以上に深刻化していたことから計画を前倒しし新車を導入することを決定。東日本旅客鉄道E721系をベースとしたAB900系を導入することを発表。当時は10編成20両が導入されるとされており、当形式より1編成多いが、これは2008年に導入したA417系を考慮しているものと考えられる。この時点で8100形全編成の置換が決定した。
2019.7
AB900系 運行開始
2019年1月に落成し、3月に梁川車両基地へ到着。その後試運転を行い阿武隈急行線内にて第一編成であるAB-1編成が営業運転を開始。31年ぶりの新車が運転を開始した。
2019.10
8100形 A-13編成 引退
1988年4月に落成し同年7月から活躍してきたA-13編成はAB900系AB-1編成に後を託す形で引退。同形式初の廃車となった。なおラストランは行われておらずひっそりと引退した。
令和元年東日本台風により被災
2019年10月12日、台風がそれほど上陸しない東北地方に大型の台風13号が上陸。これにより宮城県、福島県は大きな被害を受け阿武隈急行では県境区間である富野ー丸森間は路盤の流出や土砂崩れの影響を受け長期間運転見合わせとなった。
2020.3
AB900系 AB-2編成 運用開始
AB900系の第二編成が運転開始。また同年5月にはAB900系による仙台直通便の運用が開始された。
2020.10
阿武隈急行線 全線運転再開
令和元年東日本台風による被災を乗り越え全線運転再開。運転再開前に8100形8両編成の回送列車が運転されたことも話題となり、運転再開時には多くの人が駆 けつけた。
2021.1
阿武隈急行線 全線運転再開
令和元年東日本台風による被災を乗り越え全線運転再開。運転再開前に8100形8両編成の回送列車が運転されたことも話題となり、運転再開時には多くの人が駆けつけた。
2022.1
AB900系 AB-3編成登場
黄色をまとったAB-3編成が登場。恐らく同年3月のダイヤ改正から運行開始。余談だが、AB900系にはゴミ箱がトイレ脇に設置されており無人駅が多い阿武隈急行線ならではの特徴である。
2021.12
8100形 A-1編成 ラストラン
2021年12月10日8100形の第一編成であるA-1編成がラストランへ。同形式は残り7編成となった。
2022.3
福島県沖地震により全線運転見合わせ
2022年3月16日23時36分に発生したマグニチュード7.4の地震が発生。宮城県南や福島県北では最大震度6強を観測し、多大なる被害が発生した。阿武隈急行線では福島県側の線路にて陸橋やホームが損傷し多くの個所で軌道変異が発生。2020年、台風の被害を乗り越えたものの再び自然災害により運転見合わせとなった。なお、鉄道ではこの地震の影響で東北新幹線が地震の揺れにより脱線し新幹線では上越新幹線以来の出来事となった。
2022.6
2度目の全線運転再開
6月27日阿武隈急行線は全線で運転を再開。震度6強の地震が襲ってから約3か月の出来事であった。2度の自然災害を乗り越え再び地域の足として運転を再開した。余談だが、この地震が発生した翌日、JR線も軒並み運転を見合わせており、2022年3月17日福島駅を発着する鉄道で通常運行だったのは福島交通飯坂線だけであった。
2022.11
8100形 A-3編成 ラストラン
8100形第二編成であるA-3編成がラストラン。同形式は残り6編成となりAB900系の運用が拡大した。なお、ラストラン運転時には特製ヘッドマークを付けて運行された。
2022.12
8100形 A-5編成 ラストラン
第二編成であるA-3編成に続く形で第三編成であるA-5編成がラストラン。同形式は残り5編成となり全盛期の約半分となった。なおこの編成は2013年頃に実施されたLED化の際に、ほかの編成は側面行先表示機が英語と日本語併用表示だったものの、当編成のみ英語と日本語交互表示という特徴を持つ編成であった。
2023.3
AB900系 AB-4,AB-5編成運用開始
8100形2編成が廃車されたのち、AB900系2編成が1月に到着。甲種輸送の際、阿武隈急行線内では8100形4両(A-9,A-11編成)にけん引され、異形式による8両運転が行われ、有効長の兼ね合いから終電後に行われた。
2023.11
8100形 A-9編成 ラストラン
第五編成である、阿武隈急行で唯一のフルラッピング車両であり「政宗ブルーライナー」がラストラン。このラストランから本格的に通過駅ありの臨時列車を運行し、優等種別のない路線で駅を通過してゆく姿はなんとも新鮮なものであった。
2023.12
8100形 A-7編成 ラストラン
第四編成であるA-7編成がラストランを実施した。この編成のラストランは貸切列車として運行され関係者以外は乗車できないラストランとなった。ヘッドマークは貸切列車の関係者がデザインした特製のものとなり、進行方向別々のデザインのヘッドマークを装着した。
2024.3
AB900系 AB-6,AB-7編成運用開始
AB900系の第六、第七編成が運用を開始。それぞれ赤と藍色となり、AB900系最大の特徴である編成毎に色が異なる特徴が目立つようになってきた。甲種輸送の際阿武隈急行線内の牽引はAB900系が行い8両編成で阿武隈急行線内を駆け抜けた。
2024.11
8100形 A-11編成 ラストラン
第六編成であるA-11編成がラストラン。この車両の引退により阿武隈急行8100形は残り2編成となりAB900系が主力車両になった。この当時から8100形が運用に就くのは次第に珍しくなり7運用の内1運用のみ運転が行われた。
2025.3
8100形 定期運用離脱
8100形はA-15,A-17編成のみとなり7運用全てAB900系で運転できることから、同年3月のダイヤ改正に伴って定期運用から離脱した。2025年12月現在も定期運用はなく、予備車や団体列車時にのみ運行される余生を過ごしている。
2026.3
福島DCにて郡山まで運転
2004年3月13日。阿武隈急行線の東北本線直通郡山行運用が消滅。これ以降8100形が郡山へ踏み入れることはなかった。しかし、2026年22年ぶりに郡山駅への乗り入れが実現した。なおこれ以降A-15編成は団体運用でも運転されなくなった。

